最近の報道によって感じたこと|インターネットのイメージが少し改善されてきたかな…。
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インターネットが特別なメディアとして一般へと普及していった時代には、「学校裏サイト」や「自殺サイト」など『インターネット=不健全(悪)』なイメージがつきまとっていました。
当時はニュースで、たくさんのインターネットに関する報道がされており、それらはどれも『インターネット=不健全(悪)』と短絡的に印象付けるような内容でした。
当時、そんなインターネット業界の裾野でWeb制作に携わっていた私は、冷たい目線を注がれているような気配を感じたこともありました。しかし、昨今ではそのような印象をあたえる報道も減ってきたと感じます。
これは、インターネットが一般化して、それを使う我々や社会に ”免疫” ができたからかもしれませんし、諦め感情が根付いただけなのかもしれません。
当時の自分を振り返ると『インターネット=不健全(悪)』というイメージについて、次のように人々に語っていたことを思い出しました。
「インターネットを自動車に置き換えて想像してください」
「自動車は大変便利な乗り物です。
自分の思いのままに、自分の行きたいところに移動ができる、距離という物理的に存在する大きな課題を解決してくれる素晴らしい道具です。」
「足の不自由な方などにとっては、生活必需品としてなくてはならない道具です。」
「しかし、その便利な道具は、使い方を誤ると時として人を傷つける凶器となります。」
「だからこそ、社会はそこにルールを作り、それを遵守することで便利な道具を凶器としない努力をしてきました。」
「インターネットも同じです。」
「それは大変便利なものでありながら、使い方を間違えるとたちまち人を傷つけます。」
「それは、見た目に解かる「傷」としてではなく、心に残る「傷」となり、人に悲しみを植え付けます。」
「だからこそ、そこには正しいルールを設け、それを遵守する社会を作って行かなければなりません。」
「私達には、それを作る義務があります。それに目を背け、インターネットを蔑視するような社会にしてはなりません!」
それから数年が経過し、インターネットの課題や問題は様々な様相に姿を変え現在に残っていますが、それでも当時と比べると幾分見方が変わってきているようになってきました。
『インターネット=不健全(悪)』ではなく、それを使う人へ焦点が当てられている報道を見てそう感じます。
どんな便利な道具も、使い方によっては凶器に変わります。
我々は、そんな道具をつかって日々を暮らしているという意識を常に持ち、未来の子ども達へ、これからも真摯に取り組んでいかなければならないと考えています。読了ありがとうございました。